2015年07月20日

【キャッチコピーでみるゲーム史】第2回『エンディングまで、泣くんじゃない。』

キャッチコピーでみるゲーム史、第2回は「エンディングまで、泣くんじゃない。」です。

おそらくゲームのキャッチコピーで最も有名なこの言葉は、もちろん『MOTHER』のもの。1989年7月27日に任天堂からファミリーコンピュータで発売された、いわずとしれたRPGの名作です。また『EarthBound Beginnings』というタイトルで、海外で初のリリースが行われました。

不勉強にも、このコピーが糸井重里氏のものではなく、同じくコピーライターの一倉宏氏によるものだとこの段になって初めて知ったのです(一倉広告制作所サイト)。そんな私がこのコピーについて語るのもおこがましいのですが、まずはこの言葉が何を想起させるのか、書いてみたいと思います。

エンディングまで、泣くんじゃない。逆に言えば、エンディングでは泣いていい……つまり、泣けるものになっている。さらに、エンディングの前にもついつい泣いてしまいそうになる。ようするに全部泣ける。

父親が息子にさとすような、泣くんじゃない、という言い回し。つまりこれは、少年主人公ことプレイヤーに、最後まで泣かないでやりぬこう、でも最後は泣いていいんだよ。とはげます父親の言葉であり、私と主人公の一体感を高めてくれる言葉なのだ。

さて、今でこそ日本のRPGにおいて「泣ける」こと、は大きな特徴となっています。実際に泣けるかどうかはともかくとして、作る側は感動のエンディングを用意しますし、遊ぶ側はそれを期待します。では、1989年当時はどうだったのでしょうか。

この前年となる1988年には、2月に社会現象ともなった『ドラゴンクエストIII』、12月にドラマ性の高さで“偶数FF”のきっかけともなった『ファイナルファンタジーII』が発売。そして4月には『イースII』です。

1987年発売の『イース』が「優しさの時代へ」の宣言を行い、『イースII』で「優しさから、感動へ」と、さらに物語性の追求を謳いました。1988年は、日本のRPGが「物語」と、そこに生まれる「感動」へはっきりと針路を定めた、歴史的な年といえます。物語へのこだわりはRPGにとどまらず、1990年の『ファイアーエムブレム』など、他のジャンルへも波及していきました。この辺りのことは、以前の連載でも触れたように、さやわか氏の『僕たちのゲーム史』で言及されています。

こうした雰囲気の中、翌年に発売されたのが『MOTHER』でした。

同作の広告には「エンディングまで、泣くんじゃない。」に加え「名作保証。糸井重里が贈る最新ロールプレイングゲーム」と大きく書かれています。そして紹介文の一部にはこういった言葉も。

これは、キミ自身みたいなキミが生きてゆく、愛と勇気と冒険の物語なんだ。そうしてすごした数週間(数日?数ヶ月?)を、キミは、オトナになっても忘れない。すでにオトナのひとには、またちょっと別の理由もあって、いっそう泣ける。名作って、そういうものなんだ。

ここで、当時の私だったらこう思うはずです。「ロールプレイングゲームというのは、どうやら泣けるもので、泣けることが“名作”ってことなんだ!」と。

こうして80年代末に、日本のRPGにおいて「物語ー感動ー名作」が一本の線でつながった、と考えます。別の言い方をすれば「名作と呼ばれるRPGには、涙が流れるほどの感動がある」。『MOTHER』は、ゲームで“泣ける”ことを、印象的なキャッチコピーで人々に刻み込んだのです。

これ以降のRPGが、感動を追求していったのは自然なことでした。ときには「ゲーム」であることを犠牲にし、「プレイヤー」を置き去りにしながら。90年代から2000年代途中まで、日本のRPGは長く「感動の時代」を歩んできました。

もしも『MOTHER』が、一粒の涙すら流れないとんでもない駄作だったら……。日本のRPGの歴史は少し変わっていたかもしれません。
  


Posted by みみー  at 18:11Comments(0)ゲームニュース

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